ASAの、ただのクルマ好き 第199回 自分勝手に昭和、平成を愛車で振り返ってみましたよ その1

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投稿日時
2019/04/30 22:05
[写真]

時代が変わるので

ちょっと振り返ってみましたよ


今日で平成が終わり、明日から新しい時代、令和に変わりますね、ASAです。昭和に生まれ、平成時代にクルマ三昧だったボク。令和ではどんなカーライフになるのかちょっと楽しみです。


そこで、新しい令和を迎えるにあたって、昭和、平成の二時代をいっしょにすごした愛車たちを思い出してみました。そんな大したものではないんですが、いまでも頭に残っていることを書き残しておこうかなと思った次第です。お時間あればお付き合いくださいね。


自動車運転免許を取得したのは今から約40年前です。バブル前の昭和の良い時代で、ボクは大学生でした。まだ学生が自分のクルマを持っているというのは少なく、最初の愛車は家にあったいすゞジェミニ1600LSセダン。PF50型です。写真は1800LSです。自分のクルマの写真見つからなくてすみません。1600はバンパーが細く、ドアモールも無し。もっとシンプルにキレイなクルマです。


当時、白いクルマが全盛だったのですが、うちのジェミニは黄色でした。LSは一応外観が他のグレード違い、メッキ部がブラックに仕上げられたスポーティ仕様。


とはいっても、特に足が硬いとかエンジンがハイパワーと言ったことはなく、見た目がちょっとスポーティというだけ。オペルカデット譲りのボディは、他の国産車に比べるとかなりカッコよく感じられたのですが、走りはというと雑というか、まんまトラック的。


当時、117やフローリアンといった乗用車も作っていたいすゞ自動車。電子制御燃料噴射装置を日本で最初(確か)に採用したり、小型のディーゼルエンジンを小型車に搭載するなど先進的なカーメーカーだったんですが、乗用車の生産はその後中止しいまに至ってます。実は海外向けにはちょっとカッコいいSUVを売っているみたいですね。

 

おっとジェミニです。


マイナーチェンジで丸めから角目に変わったPF50ジェミニ。このクルマを選んだのは兄貴。父は自動車運転免許を持っておらず、家にはクルマがなかったのですが、兄が免許をとって買ってもらったのがこのクルマ。本当は前期型にあったエルフ(トラックですね)ブルーのセダンが欲しかったらしいのですが、MCで廃止になり、仕方なく黄色(ジャスミンイエローだったかな)にしたんです。

ジェミニは、当時では珍しくいろいろなボディカラーを用意している点が売りのひとつでした。逆に言えば、他には大きな特徴はありませんでしたね。エンジンはガサツな回り方で100km/hも出すとそれこそ壊れそうな音。5速トランスミッションはストロークも大きく、まるでトラックでした。


その後のMCで、1800ccのDOHCエンジン搭載ジェミニZZが登場すると、スポーティ度が大幅アップ。


顔が逆スラントノーズからスラントノーズになり、トランクの形状もちょっと丸っこいボディとちぐはぐな角型になってカッコ悪くなったんですが、当時としてはハイパワーな130psは魅力的。憧れのクルマでしたね。

兄貴の友人の紹介でいすす陸送のバイトを始めたのですが、たまにあるZZの陸送の時はガンガンと走り過ぎ、ディーラーに届いた時には履いていたアドバンがムケムケ。さっさとディーラーに置いて逃げ帰ったものです。当時のいすゞディーラーの担当者さん、ごめんなさい。許してね。

 

でも、ZZに乗れることはめったになく、ほとんどがトラックシャシーをボディの架装メーカーまで運ぶのが日課。藤沢から、埼玉の鴻巣まで下道で行くなんて、辛かったですね。まあ、その後のやった港の輸出車両の船積みよりは楽でしたけどね。

 

ハイハイ、ジェミニですね。アルバイトで稼いだお金はほとんどクルマにつぎ込みました。

夜な夜な走り回るので(暴走族じゃないです)、燃費が悪かったジェミニのガソリン代は半端じゃありませんでした。ほぼ毎晩、湘南方面まで鎌倉街道を下り、江ノ島周りで1号線を上がって帰ってくるのが日課。パワステなしのオモステなんで、帰ってくると疲れて爆睡です。友人が乗っていたケンメリの地獄のオモステよりは軽かったんですが、それでも、もうあのハンドルは切れないだろうな。

 

ガソリン代以外に余ったお金は、もちろんクルマにつぎ込みましたよ。エンジンチューンまではしませんでしたが、ホイールはクロモドラの5本スポーク。タイヤは当時では最先端の175/70R13ラジアルタイヤ。確か、出たてのヨコハマ・グランプリを履いていた気がします。

 

スポーツマフラーもあるにはあったんですが、値段が高いので躊躇していたんですが、純正マフラーが錆びて腐り、爆音に。仕方なく交換したのがZZ純正のダブル出しマフラー。


ディーラーで注文して届いたパーツを見たら、なんとつり下げステーの位置が違っていて、そのままじゃ付かないじゃないですか。


ありゃりゃ、困ったなと思ったら、ディーラーの仲のいいメカが、大丈夫だよ、と言うじゃないですか。その日の夕方にクルマを取りに行くと、ちゃんと付いてるんです。見るとステーを新たに溶接して付けてくれてました。いやー、いい時代です。


その他には、ISCC(いすゞスポーツカーコーナー)の8段切替ダンパーに交換。結構ガチガチの足にしてましたね。さらに、当時はご法度のドアミラーも、もちろんつけてましたよ。しかも、フェンダーミラーの穴は裏から鉄板溶接でキレイに穴埋め。フェンダーミラーには戻れない仕様でした。もちろんそのままでは車検に通らなかったので、車検時は両面テープでフェンダーに砲弾型ミラーを貼って通してもらいました。

 

そんなジェミニ。運転が下手だったこともあって、よくぶつけ、交換しなかったパネルは屋根とボンネットくらい。で、最後は16号を夜走っている時に横から信号無視で飛び出してきたクルマを避けたところに運悪く対向車。で正面衝突で廃車です。走行距離は10万kmくらいだったでしょうか。

 

相手のクルマにぶつかるまでの瞬間を本当にスローモーションで覚えてます。相手の驚いた顔。今でも思い出します。ほんとうに衝突実験でやるオフセット衝突を自分でやっちゃったんです。

 

ぶつかった直後に気を失ったんですが、なぜか車内で気を失っている姿を俯瞰で見た記憶があるんですね。幽体離脱でもしたんじゃないかと思ってますよ。で、気づくとベットに寝ていて、ボケながら目を開けると、医者が指のキズをチクチクと縫っていました。足にはギブスが巻かれていて動かなかったので、骨折しているのがわかりました。でも、とりあえずは生きていてホッとしましたよ。

 



ボーっとしていると、もう一人の医者が名前や住所、電話番号を聞いて来たんで、それに答えると急にクルマの話。乗っていたのがジェミニだとわかると、いろいろと聞いてくるんです。で、ZZのマフラーを付けている話をしたら、妙な食いつき。実はその医者もジェミニに乗っていたらしく、興味わいたみたいなんですね。


確かに、頭を打った患者に問題がないか確認したかったんでしょう。でも、事故を起こしてボロボロ状態の患者にクルマのことを根掘り葉掘り聞くとは、困ったお医者さんですよね。ま、いいんですけどね。

 

そんなわけで、初めの1台の黄色いジェミニは突然お別れとなりました。

 

で、次に来たのが赤いブルーバード1800SSS E-X ターボ。足がなんとか直った頃に納車となったんです。このクルマもいろいろあったんです。続きは次のコラムを読んでくださいね。



そうそう、その後、弟も免許をとって、なぜか中古のジェミニを買ってきました。自分では運転したことのなかったジェミニ。それほどクルマ好きじゃなかった弟ですが、ジェミニには思い出があったのかもしれません。白いジェミニ、黒いジェミニ(あれ、ピアッツァだったかな)、アマガエルZZと中古を乗り継いだんじゃなかったかな。


いまでも極たまにPF50ジェミニを見かけると、甘酸っぱい思いがこみ上げてきます。いつかまた乗ってみたいなぁ。でもパワステ、オートマに改造したヤツがいいなぁ。